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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和33年(ネ)51号 判決 1959年4月27日

控訴人(被告) 富山県公安委員会

被控訴人(原告) 熊野勇伝

原審 富山地方昭和三二年(行)第一号(例集九巻二号38参照)

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、控訴代理人において(一)元来本件停止処分は道路交通取締法上要式の行政処分ではない。不要式の行政処分はその通知の方法が如何なる方法によるも之を問わないところであつて、各県においても著しくその取扱を異にし、或は口頭のみによるもの、或は処分通知書によるもその理由を書かないもの又は理由を書く場合においても単に広く交通事故をのみ表示するにすぎないものであり、その法令を摘示するに止まるものもあつて、全く各県の裁量にまかせられているところである。従つて、富山県においてたまたま道路交通取締規則によつて通知書によると定めたからといつて、この種通知書による通知は取扱の便宜上行われているにすぎないものであり、通知書は行政官の取扱準則を定めたものにすぎない。本件停止処分は処分者において口頭をもつて通知した時にその効力が発生するものであり、通知書の交付そのものは効力発生の要件ではない。控訴人は本件停止処分を通知するに当り、昭和三十一年十二月十二日八尾警察署に被控訴人の出頭を求め、同人に対しその理由を詳細に説明した上本件処分通知書を交付したものである。従つて、被控訴人は停止処分の理由が事故の無届、定員の超過を包含した意味の交通事故にあることを十分承知しているところである、(二)原判決は「交通事故」の語を極めて厳に解しているけれども、之は全く通知書そのものの性質を解しないところであつて、通知書に記載しある如く道路交通取締法第九条第五項又は第九条の二第四項の規定に基き停止処分をした以上、右交通事故の意味は必然事故の無届、定員の超過も含まれているところであるのみならず、被控訴人は当切より事故の無届と定員超過の事実を認め、之による行政処分については承認し、かつ通知書交付の際口頭によつて十分通告を受けている以上、本件処分通知の効力は原審認定の如く交通事故にのみ止まると解するが如きは、著しく事実の認定を誤つた空疏な理由と言わねばならない、(三)原審認定の如く被控訴人運転の車が笹倉交さ点にさしかかり、かつその中心部から約四米位手前の地点で前方約二十米位の地点を対向して進行する訴外中沢の運転するトラツクが右折方向指示器を上げているのを知つた以上、本件の如く大曲右折の出来ない笹倉交さ点においては、被控訴人としては何時右トラツクが右折するやも計り知れないから、歩行者の多い交さ点左側道路を注意するのはもとより、右トラツクの動静を注意する等前方警戒をなすべき義務があるとともに、危険発生の有無等諸般の事情を斟酌し、緩急に応じて敏速に停車の手段を執り得べき速力以内において徐行運転する義務ありと言わねばならない。被控訴人は前方の警戒義務を怠り、かつ時速三十粁で進行し、徐行することなく漫然同一速度で右交さ点を前進したため、本件事故を惹起したものであつて、運転者として明らかに前方警戒並びに徐行義務に反したものと言わねばならない、と述べ、被控訴代理人において、控訴代理人の右主張については、被控訴人の従前の主張に反する部分を否認する、と述べたほかは、原判決事実摘示と同一であるから、ここに之を引用する。

(証拠省略)

理由

被控訴人が自動三輪車の運転免許(第二、一九八号)を有しその運転をしているものであること、控訴人が被控訴人に対し昭和三十一年十二月十二日附富公第一、五六八号運転免許等停止処分通知書をもつて「昭和三十一年十一月十七日午前八時頃自動三輪車を運転し富山県婦負郡婦中町地内において交通事故を起したことによる」との理由で、道路交通取締法第九条第五項の規定に基き、昭和三十二年一月十日から同年二月二十日まで四十二日間被控訴人の運転免許を停止する旨の行政処分をなしたことは当事者間に争いがない。

そして、成立に争いがない乙第一号証、当審証人西崎敏夫の証言によつて成立が認められる乙第六号証、当審証人神保広作、同西崎敏夫の各証言を綜合すれば、右行政処分は控訴人が「運転免許等の取消、停止又は必要な処分を行う場合における基準等を定める総理府令」の規定に基き、(一)過失により自動車等によつて人に傷害を与えたことによつて七日間、(二)右交通事故の届出をしなかつたことによつて三十日間、(三)定員外乗車によつて五日間、合計四十二日間の運転免許停止処分をなしたものであり、控訴人は昭和三十二年一月十日被控訴人に対し口頭をもつて右処分内容を詳細に説明して充分了知させた上運転免許等停止処分通知書(甲第一号証)を交付したものであることが認められる。

被控訴人は本件停止処分は「交通事故を起した」との点で処分されたもので、右無届の点及び定員外乗車の点はいづれも処分理由となつていない旨主張する。なるほど、昭和三十年三月三十一日富山県公安委員会規則第二号富山県道路交通取締規則第三十八条第一項によれば「行政処分の執行は、運転免許の停止にあつては別記様式第十九による通知書を交付して行う」旨規定されているところであり、成立に争いがない甲第一号証の運転免許等停止処分通知書(右所定の様式)によれば、停止処分の理由として「昭和三十一年十一月十七日午前八時頃自動三輪車を運転し婦負郡婦中町地内において交通事故を起したことによる」旨の記載があり、事故の無届、定員外乗車については何等の記載もないことが認められる。しかしながら、運転免許停止処分を被処分者に通知する方式については道路交通取締法及び同法施行令には何等の規定もなく、又之が制定を公安委員会に委任する旨の規定も看取されないのであるから、該通知については一定の方式を必要とするものではなく、被処分者において該停止処分を了知したときにその効力を生ずるものと解するのを相当とする。そして、右法令の趣旨に徴すれば、前記富山県道路交通取締規則第三十八条は単に行政処分の執行にかんする事務処理上の取扱準則を定めたに過ぎないものと言わざるを得ないから、たまたま右規則第三十八条及び之に基く通知書の交付があつたからといつて、該停止処分が通知書の交付のみによつてその効力が発生し、しかも該通知書に表示された範囲においてのみその効力を生ずるものと解すべきものではない。従つて、本件にあつては前記認定のとおり昭和三十二年一月十日被控訴人において本件処分内容(交通事故、右事故の無届及び定員外乗車を処分理由とする)を了知したときにその効力を生じたものと言わなければならないから、被控訴人の該主張は理由がない。

そこで、進んで本件交通事故について被控訴人に過失があるかどうかについて判断する。

被控訴人が昭和三十一年十一月十七日午前八時二十分頃自動三輪車(三菱一九五六年型富六―す一四一二号)を運転して富山、礪波間県道を富山市方面に向つて進行中富山県婦負郡婦中町笹倉通称笹倉十字路(交さ点)に差しかかつた際、右道路を富山市方面から対向して進行して来た訴外中沢文雄の運転する普通トラツク(富山市岩瀬西宮二百五十八番地山崎運輸株式会社所有富一―あ〇四〇七号)が被控訴人の運転する右自動三輪車の直前を右婦中町日産化学株式会社の方向に右折(右トラツクから見て)して進行したため、自動三輪車の前部がトラツクの向つて右側後部車体に衝突し、よつて被控訴人の運転する自動三輪車の前部が破損し、同乗の訴外熊野重夫が傷害を受けたことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第二乃至第七号証、同乙第三、四号証、原審証人中沢文雄、当審証人神保広作、同西崎敏夫の各証言、原審における被控訴本人尋問の結果の一部、原審並びに当審における検証の結果を綜合すれば、被控訴人は右日時頃前記自動三輪車を運転して富山市礪波市間県道(幅員約七、六米)を富山市方面に向つて同道路左側を時速約三十粁で進行し、前記笹倉交さ点(婦中町笹倉三区五百七十八番地荒木和夫方前十字路で、信号による交通整理は行われていない)に差しかかつた際、その交さ点中心部から約十五米位手前(礪波市側)で、前方四十一米位の地点を反対方向から進行して来る訴外中沢文雄の運転するトラツクを発見し、交さ点でもあつて多少減速しつつそのまま直進し、右中心部から約四米位手前の地点で、前方約二十米位の地点を対向して進行する右トラツクが右折(トラツクから見て)方向指示器を上げているのを知つたのであるが、自己の自動三輪車が既に右交さ点に入つており、トラツクが未だ交さ点に入つていなかつたから、当然トラツクにおいて被控訴人の自動三輪車の進行を待つて右折するものと考え、右速度のまま直進し、先づ日産化学株式会社に通じている交さ点左側道路(幅員約七米の町道)に注意の重点をおいて交さ点中心部まで進み、次いで注意を前方進行方向に向けたとき、自動三輪車の直前を右折する前記トラツクを見たので、突さに衝突を避けるべく右折しつつブレーキを一杯にかけたところ、自動三輪車は交さ点中心部から約八米位富山市よりの地点で右折状態のまま停止した。一方訴外中沢文雄は時速約三十粁でトラツクを運転し前記県道中央部を富山市方面より右交さ点に向つて進行し、交さ点中心部から約四十米位手前(富山市側)で右折方向指示器を上げ、右中心部から約二十七、八米手前のところで前方約三十五、三米の地点を反対方向から直進する被控訴人の運転する自動三輪車を認めたが、そのまま進行し、右交さ点中心部から約十六米位手前のところで、自動三輪車が既に交さ点中心部近くに入つているにかかわらず時速約二十粁で右折を開始し、そのまま衝突は避けられるものと軽信して自動三輪車の直前を右速度のまま右折し、被控訴人が衝突を避けるべく急きよ右折しつつ停止した際も何等衝突避止の方法を構ぜず同速度で進行したため、トラツクの向つて右側後部車体附近を停止した自動三輪車の前部に衝突させ、よつて同三輪車の前部ガラスを破損し、左側助手台に乗つていた被控訴人の弟訴外熊野重夫に前額部挫創左前胸部肩胛部打撲傷、歯牙骨折等全治まで約十五日間を要する傷害を負わせたものであることが認められるのであり、右認定にていしよくする原審における被控訴本人尋問の結果は措信しない。

してみると、本件交通事故は訴外中沢文雄において、前記交さ点中心部から約二十七、八米手前の地点(富山市側)で反対方向から進行する被控訴人運転の自動三輪車を認め、かつ右三輪車が先きに交さ点に入る状況にあることを知つた以上、かかる手信号による交通整理の行われていない交さ点で右折しようとする場合は、先づ直進する被控訴人運転の自動三輪車に進路を譲つて一時停車するか又は徐行しなければならない(道路交通取締法第十八条の二第一項本文)のにかかわらず、右措置に出でなかつたのみならず、衝突の危険に直面した際何等衝突避止の方法を構ぜず、漫然そのまま進行したものであるから、法令所定の遵守事項に違反し、かつ自動車運転者としての注意義務を怠つた結果惹起されたものと言うべきであるとともに、他方被控訴人としては、自己の運転する自動三輪車が前記交さ点に入る前に訴外中沢文雄運転のトラツクを認め、かつ交さ点中心部から約四米位手前の地点(礪波市側)でトラツクが右折方向指示器を上げているのを知つた以上、トラツクが何時自己の前方において方向を転ずるやもはかりがたいのであるから、その動静を注視し、何時にても停車し得べき程度にその速力を緩める等機宜の方法を構じ、いやしくもトラツクと接触衝突するが如き事態を生ぜしめないよう注意すべき義務があるのにかかわらず、右措置に出です、トラツクが被控訴人の自動三輪車の進行を待つて右折するものと軽信し、交さ点左側道路に注意の重点をおき、そのまま進行したものであるから、右業務上の注意義務を怠つたものと言うべく、たとえ訴外中沢文雄に前記の如き過失があつたからといつて、被控訴人には自動車運転者としての注意義務に違反した点がなく、本件交通事故の惹起については被控訴人に何等過失の責がないものと認める訳にはいかない。

次ぎに、被控訴人が右交通事故の届出をしなかつたこと及び右自動三輪車に五名を定員外に乗車せしめていたことは当事者間に争いがない。

被控訴人は被控訴人に届出義務がないのみならず、傷害を受けた訴外熊野重夫の応急措置や訴外中沢文雄の行方を探していたため届出の機会を得なかつたものであると主張する。しかしながら、前記認定のとおり本件交通事故について被控訴人にも過失の責がある以上、事故届出の義務があることは道路交通取締法第二十四条、同法施行令第六十七条の規定に徴して明らかである。しかのみならず、前記甲第三、四号証、当審証人神保広作の証言によつて成立が認められる乙第十六号証、原審証人中沢文雄、当審証人神保広作の各証言を綜合すれば、被控訴人が本件事故の届出をしなかつたのは自己の定員外乗車の発覚するのを恐れたためであることが窺知されるのであり、之にていしよくする甲第七号証、原審における被控訴本人尋問の結果は措信しない。従つて、被控訴人の該主張は到底採用することができない。

以上の次第で、控訴人が被控訴人の過失による交通事故、右事故の無届、定員外乗車を理由としてなした本件運転免許停止処分は何等違法の点がなく、該処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は失当なことが明らかであるから、之を棄却すべきものである。

よつて、民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 成智寿朗 山田正武 至勢忠一)

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